2005年11月アーカイブ

教員エッセイ:大学教育における授業の変遷

 大学教育におけるカリキュラムの展開と指導法が、今日のように多様化し、それが一般化し始めたのは、私の記憶では、「個性のある大学生の誕生」と「独創的な人材作り」を標榜した1980年代の中頃からである。その標榜を受けて大学入学試験の多様化がもたらされ、国立大学においても試験科目の削減と選択制が大幅に取り入れられた。

 以下、私が3年前まで在籍していた教員養成大学における授業の変遷を例にしながら、大学における授業が大きく変化してきた状況について述べる。

 センター試験の導入以後、理系の理工学部や農学部、薬学部、医学部などでは受験科目の指定をしているが、文系の文学部や教育学部、法学部などでは英語や数学を選択しなくとも入学できる学生が多くなった。また、体育専攻の学部や学科などでは高校時代の試合記録などが入学試験に代替えされるようになり、80年代以前からスポーツ推薦入学枠を採用していた私立大学では、スポーツに加えて演劇や音楽などの「一芸一能入学」などを取り入れて学生を入学させるようになった。そのことが、大学の授業内容に大きな変化をもたらす結果になった。

 1990年以前の大学の授業は、教員の研究テーマから組み立てられたカリキュラムによって展開されていた。それは学生の学力や将来展望と関連させる必要性の少ない「教える側」のサイドから組み立てられた授業であった。それ故、当然のこととして、その授業は、学生が教員の「価値」「意義」に適合して受講することを強制されたカリキュラムである。しかし、この大幅な選択制を取り入れた受験科目によって入学した学生の出現は、「受験生が大学を選択する時代」を出現させ、1990年頃には大学のカリキュラムの展開方法の変更を余儀なくされるに至った。

 授業において「私は、英語を選択していません」や「数学を選択していないので対数は解りません」といった主張が当然のこととして発言されるようになって、入学を許可した教員は「大学の授業は云々・・・」と反論することが出来なくなった。その結果、講義内容で使用できる概念や用語も受講する学生の知識に適用できるものである必要性がでてきた。それでも、自分の担当科目を「必修」に指定して、何とか内容を従来のものにしようとする教員もいたが、所詮、学生の「拒絶反応」に勝てなかった。さらに追い打ちをかけた問題に、アメリカの大学で採用している「授業評価」という制度の導入がある。この制度を2000年以後には、どの大学でも採用することが好ましいとする文科省からの通達がもたらした問題である。

 文科省に反論できるような大きな大学では、すべての学部学科で受験科目の選択制を小さくできたようあるが、多くの大学では受験科目の大幅な選択制を採用したので、授業の展開もそれに合わせた学生の「最近接領域にある概念と用語」で組み立てた「学生に適合した授業」の余儀なくされた。また、「授業評価」制度は、学生の授業の受容率を調査する制度であるので、上記のような「学生に適合した授業」は大学の授業展開において規制をうける制度となり、従来の教員サイドからの一方的な講義を無くせざるを得なくなった。学生は年度ごとに変化するので、カリキュラムも年度ごとに変化するのが今日の大学の授業である。

 もちろん、本学部では授業の展開を、このような学生の「最近接領域」を頭上に据えて行うことをモットーしています。                       

須藤 貢明

教員エッセイ:情報ネットワークの発展で思うこと

  平成7年に東日本国際大学が開学して今年で11年目になりますが、同時にインターネットが使える環境が整備されました。当時は、モザイクというブラウザ(ホームページを見るソフトウェア)が開発されたばかりで、ホームページが急速に広がっており、私自身も、目の前のコンピュータがインターネットにつながっていて、遠くのコンピュータで公開しているホームページを自由に見られることに、感動したことを覚えています。

 インターネットの出現によって多くのことが変化しました。皆さんもご存知の通り、インターネットで買い物も出来ますし、株の取引も活発に行われています。情報の分野では、オープンソースというソフトウェアの開発がインターネットを使って行われ、無料(フリー)で使える多くのソフトウェアが開発されました。このフリーソフトがインターネットの重要な役割をしています。例えば、ホームページを公開する場合、多くのサーバーでアパッチというフリーのソフトウェアを使って運営されています。この内容は、以前、いわき民報でも書かせてもらいましたが、インターネットなくしては存在しなかったと思います。

 しかし、私は、インターネットの存在こそがもっとも不思議で、一番興味深いと感じています。インターネットが利用される前にパソコン通信と言うものがあったことを知っているでしょうか。パソコン通信では、パソコン通信を運営している会社が会員を募り、会員間でデータをやり取りしていましたが、あくまでも、パソコン通信会社の用意したメニューで、会員間でサービスが行われていました。それに対して、インターネットは、「ネットワークのネットワーク」と呼ばれており、大学などのコンピュータ・ネットワークをお互いにネットワーク状につなげたものです。つまり、インターネットでは、ネットワークを運営する管理者は存在せず、自分自身のネットワークと接続する他のネットワークとの接続回線のみを責任を持ちながら、自発的に世界的なネットワークへと成長しました。最近は、インターネット関連企業が、いろいろ話題を振りまいていますが、インターネットの自由な世界に夢と可能性を感じて成長したことに違いないと思います。しかし、インターネットには影の部分が存在することも事実です。当然、インターネットを利用する人には、判断する能力と倫理が求められます。

 先日、踊る大捜査線がテレビでやっていましたが、組織のあり方がテーマの1つになっていました。今、組織のあり方が変わりつつあり、変化しなければ要求に対応できなくなってきています。今までのトップダウンから、ボトムアップへ、個で判断し、迅速に対応することが求められています。学生には、判断できる人間になってほしいし、そのような学生が多く育ってほしいと考えています。

唐澤 朋久

教員エッセイ:「教員エッセイ」を読んで

こういうタイトルをつけたのに、
いきなりペンが止まってしまった。
そこで、さっそく話をかえたいと思う。
ああ、そうだった。
最近のぼくは「オス」とか
「メス」とかについて、考えている。

えーっと・・・。
そうそう。かまきりの話である。
聞いたことだが、かまきりはすごい。
母は栄養がいるから、夫のことを
むしゃむしゃ食べてしまうのだそうである。

そういえば、ミツバチのオスは
好きな子とうまくいくと、
おもわず「ショック死」してしまうらしい。
あと、ナナフシなんかは、
若い子からおばあちゃんまで集まった
「男なし村」が繁栄しているという。
あれれ。
ええーーっと・・・。
かまきりのオスは・メスに、
むしゃむしゃと・・食べられて・・・。
うーむむむ、、、。
「オス」と「メス」・・・。

そこで、なのだ。
いやいや、ちょっと待てよ、と、
へんな想像をしてみる。
かまきりって、なにやらワルそうじゃないか。
だから、だ。
ひどいオスも、なかには、いたりして??
メスに食べられてしまう前に
「逃げ出す」ような。
そうだ、
ぜったい、たまには、そんなひどいやつが
いるはずなのだ!

いつか、そういう『女泣かせのかまきり』に
心情を聞いてみたいものである。

さて...。
生きていくことの連続さにおいて
「これでいいのかな、ほんとうに」
って思うとき。
そして、その自分の疑問文を
抱きかかえていようとするとき。
そんなときは、ちょっとばかり
『逃走』してみるのも、ぼくはいいと思う。
ぼくやきみは、
いったいどこに逃げだせば、いいのだろうか。
そうだなあ。
大学というところは、
あんがい『逃走先』に向いているのかもよ。 
                                           
梶原 洋生

教員エッセイ:他国の福祉政策から何を学ぶか

 スウェーデンとデンマークの精神科ケア分野の視察に行かせていただき、福祉政策が進んでいると言われる両国で、高齢者や障害者の地域での生活の豊かさ、家族に頼らない支援のしくみがあること、などを実感してきました。

 中でも看護師の役割が大きいことに驚かされました。医療面も福祉面もその中核となっているのが看護師でした。日本とは資格のあり方、病院の役割が違うのです。特に医療へのアクセスの方法は全く異なっています。住民は全員が家庭医を持っており、専門的な診断が必要な病気の場合は、診療所(通院)または病院(入院設備あり)へ紹介してもらうという流れがあります。入院しても、その期間は非常に短く、必要に応じてケア付き住宅などへ移行させ、地域の一般診療所で必要な医療を受けるという形が整っています。日本には持ち家主義が根強く残っていますが、北欧ではケア付き住宅の建設・斡旋を民間事業者が担っており、住み替えへの意識も高いようでしたし、障害のある人も、年金があれば十分に地域で生活をしていけるようになっています。

 日本とは税金の使い方も、自治体の役割分担の方法も全く違います。両国とも物価は決して安くはありません。500ml入りペットボトルの水を買うと300円ぐらい。ちょっと食事をしようと思って街に出れば1000円~1500円はかかります。この金額の25%が消費税です。他にも所得税を納めます。これらの税収で、医療を県が、社会サービス(福祉や介護)を市が提供するのです。医療費の一部や教育費が無料になり、年金の中から住居費や介護費を支払える状況が整えられます。日本と単純に比較することはできませんが、北欧の医療・福祉・教育などの制度を支えているのは、国民の高負担であることを再認識させられました。

 行き届いた福祉政策があるように見える一方で、大都市部などでは陰とも言える面も見えました。移民の問題、ホームレスの問題などです。完全に見えるセイフティネットがあるにもかかわらず、自らその庇護を拒否する人、網に救い上げられないままの人も存在します。何らかの依存症があるのでは? 帰る場所がないのでは? と思われる人に駅や通りですれ違う...街の中にはタバコの吸い殻をポイ捨て...決して光り輝くことばかりではありませんでした。

 他国に学ぶことはきっとたくさんあるのでしょう。それは良い面であったり悪い面であったり様々です。他国の良さをそのまま持ってきても日本では受け入れられないかもしれません。では、私たちは他国から何を学んで行けばよいのでしょうか? 現在、日本でも様々な福祉制度や税制が変えられようとしています。私たちは、ただ国が決めるものを受け入れるだけでなく、自分自身で日本の現状にあう方法は何なのか、何を変えて行く必要があるのかを考え、地域での生活を作っていくことが大切なのではないかと思います。

遠藤 寿海