2006年8月アーカイブ

 子どもが親(保護者)から良く愛されることの大切さは、いくら強調しても強調しすぎることはないと思います。

 1920年にインドで狼に育てられたといわれる二人の少女が発見されました。シング牧師夫妻にカマラ(推定8歳)とアマラ(推定1歳半、保護後1年ほどで死亡)と名づけられて育てられ、その後、いろいろなことがわかってきました。まず、親が狼だと、狼以上の人格を持つことができないということです。食事をする時も手を使わないで、狼と同じように口で直接食べ、急いで移動する時も、狼のように四つんばいになって移動します。さらに時間が経って徐々にわかってきたことは、ある一定の年齢を過ぎると言語の習得が難しくなるということ、それから人としての情緒性の成長が正常にできにくくなるということです。故に、望ましい人格形成のためにも、人が乳幼児期~児童期に親(保護者)から受ける愛情や養育がいかに大切かということが理解されます。

 また、我が国の脳型コンピュータ開発の第一人者、松本元博士の研究によると「愛するとは対象に対する自己の同化、関係寄せであり、愛する回路は愛される経験なしには獲得されない」とのことです。人は、乳幼児期はもちろんのこと成長過程において良く愛されないと、人を良く愛することができず、誰かから大事にされた経験がないと人を大事にすることができないというわけです。人は生まれたら、望ましい社会生活をなしていくためにも、やはり先ず良く愛されることが重要であると考えられます。


 更に「情動の科学的解明と教育等への応用に関する検討会」(座長・有馬朗人元文部大臣)の報告(2005)でも、「適切な情動の発達については、3歳くらいまでに母親をはじめとした家族からの愛情を受け、安定した情緒を育て、その上に発展させていくことが望ましいと思われる。」と述べられています。


 生まれたての人の赤ちゃんは衣食住等の生活上のことは何もできず、親(保護者)がいないと生きていけません。赤ちゃんは親(保護者)から良く愛され養育されることによって、心身共に活性化し、人として健やかに成長することができます。

 人の赤ちゃんが、他の動物よりも手がかかるようにできているのは、先ず人として良く愛され大事にされるために、わざとそう創られているのではないかと思うほどです。

赤司 秀明

(2006/8/10掲載)

教員エッセイ:コンセプト『生涯学習』をめぐって

 「生涯学習」という言葉が今日多くのところで使われています。この言葉が使われるようになったのは1965年のユネスコの会議からでありました。その背景には、科学・技術の進歩による社会構造の変化として余暇社会が出現したことにもよります。余暇を如何に楽しく有効利用するかという発想からです。「生涯学習」と聞くとき、趣味的な学習、スポーツ・レクリエーションなどを思い浮かべる人が多いのはこのような事情にもよります。

 しかし、生涯学習は、かって学校などで学んだ知識や技術が陳腐化してしまい、世の中の大きな変化に対処できず、仕事や家事の合間をぬって新しい知識や技術を身に付けようとする人たちも強く望んでいることなのです。その人たちは決して時間的、経済的に余裕のある人たちばかりではありません。このような人たちにとって生涯学習はおおげさにいえば死活問題なのです。多くは中高年の人たちです。お年寄りもそうです。若いときに身に付けた知識・技術、考え方などが社会で通用しなくなってしまい、困っている人が大勢います。IT社会の中で、困惑しているお年寄りを見かけませんか。お年寄りのためのパソコン教室などが人気を呼んでいます。

 このような状況を考えるとき、生涯学習は時間的・経済的余裕のある人たちだけが行うものでないことが理解できましょう。

 ところで、2000年のユネスコの発表では、世界には読み書きの出来ない人が総人口の約2割あるといいます。この人たちにとって読み書きができるようになることは生きていく上で必須のことといえましょう。ユネスコが、「人々は学ぶ権利がある」という趣旨の「学習権宣言」を出したのは1985年です。20年も前のことです。世界に紛争の絶えない今日、これらのうちどれだけの人が読み書きできるようになったか、世界の関心事になっています。

吉川 弘

(2006/8/4掲載)