2007年1月アーカイブ

 9月に、ある特別養護老人ホームのお祭りに参加させていただき、当日までの施設の皆さんのご苦労を思った。会場の設営、必要な機材やテントの借り入れ、地域の方々への案内、家族会の方が行うバザー商品の管理、多くのボランティアのコーディネート、そして利用者さんが参加でき、楽しめるプログラムを考え、演目を披露してくださる方や模擬店出店先の方との折衝等々。これらを日々の業務の間に行うのである。施設では、なぜこんな苦労をしながらも地域を巻き込んだ行事を計画しているのだろう。

 高齢者施設に限らず、様々な福祉施設では大きな行事以外でも普段からボランティアを受け入れている。それは、施設の皆さんがボランティアの「援助」を当てにしているからではない。看護や介護など専門的な知識・技能を必要とする「援助」は、専門性と責任にもとづいて、利用者さんの安全に配慮できる職員が行うべきものであるからだ。では、なぜボランティアが必要とされるのか。私は、利用者さんの社会参加の機会を作る、ということがその理由のひとつとしてあげられると思っている。

 学校が、所属している生徒や教師、父兄以外の人間にとって入りにくい場であるように、施設も一般のものが入りにくい閉じられた空間である。しかし、学校とは異なり、施設は利用者さんにとって生活の場、すなわち、地域そのものである。私たちは学校や職場や家庭以外の様々な場で当たり前のように過ごすことができるが、利用者さんにとっては生活の大半が施設に限られてしまう。だからこそ職員の皆さんは、高齢者施設であればそれまで利用者さんが生活していた地域とのつながりを保とうと努力し、障害者施設であれば利用者さん自身が自分の生まれ育った町に出かけたり町で生活ができるようにとがんばっている。それでも職員さんの努力だけではどうにもならないことも少なくない。地域から積極的に、施設と、そして利用者さんとつながろうとしていくことが必要なのだ。

 とは言え、施設には行きにくい、ボランティアと言っても何ができるのか、と悩む人も多いだろう。だからこそ施設側ががんばって開催している地域の方が参加できるお祭のような行事に注目してほしい。はじめから「ボランティアをしなくちゃ!」と意気込んでいくのではなく、近くの施設でお祭りをやっている、そんな案内を見かけたら、ぜひ出かけて行ってみてほしい。そして利用者さんの笑顔に接してほしい。そうすれば、実際に利用者さんとの交流がはじまるし、参加した行事を話のきっかけにすることもできるだろう。職員の方と話をする機会も作れるかもしれない。次の行事の企画をお手伝いする、などの新しいボランティアの発想も生まれてくるかもしれない。地域から積極的につながっていくには、行きやすい行事をきっかけにして出かけてみる、そんな簡単なことからはじめられるのではないだろうか。

(平成18年10月4日付 いわき民報 「地域経済ウォッチング」を一部改稿)


遠藤寿海

『とらえどころのない中国人のとらえかた』  (講談社α新書)

東日本国際大学 留学生別科 宮岸雄介 著

book_toraedokoro.jpgのサムネール画像相手のことを気にかける日本のマナーは美徳であるが、その相手も自分と同じ考えを持っているはずだという「自己同一視」を前提としている。

そもそも日中両国の間には、大陸と島国という歴然とした気候風士の決定的な違いが存在し、その習慣や感性といった国民性も水と油ほどの違いがある。しかし、同一視の狭い了見は、違いを違いと認識する前に、アジア諸国を発展途上国と見なし、文化的異質性をも遅れたものと判断しがちである。

北京に暮らして、「中国人は」と性急に定義づけるよりも、目の前の中国の友人と対等に真摯に付き合うことの大切さを痛感した。好き嫌いという感情はさておき、それぞれの違いをまず認め合い、お互いのいいを学び合えたら、両国は最高のパートナーになれるのではないか。(本書の帯より)

教員エッセイ:人工透析の合併症

 過去長い間整形外科医として総合病院に勤務し、時折透析患者の運動器合併症については片手間に取り組んできた。しかし透析医療は非常に特殊な内科分野の仕事として考えていたし、透析患者さんも時折しか訪れなかったので深く関わることはなかった。

 友人の内科透析専門医から、透析治療の合併症の一つである運動器(神経、骨・関節、筋、腱)障害を出来るだけ早く見つけ、これらの障害の影響をできるだけ少なくすることができないかとの依頼を受け、ここ数年透析治療の運動器合併症に取り組んでいる。

 1945.9オランダのコルフが世界で始めて人工腎臓の装置を開発した。その後医学や機器の進歩で急速な改善を見られてきている。しかし人間の腎臓は、24時間休み無く働いているわけでこの仕事を人工的器械で代償することは不可能である。それで透析専門医は、腎臓が機能しなくなったヒトに最適なことをするための努力を日夜注いでいる。

 年がら年中働いている腎臓になるべく近い機能を持つためには、腎臓の移植が相応しいが、日本の伝統的・文化的背景から臓器移植は進んでいない。従って人工腎臓に頼らざるを得ない状況であり、人工透析技術の向上は喫緊の課題と思われる。

 人工透析は腎臓の代わりに体液をきれいにして、老廃物や余分の水分を除き、電解質のバランスを保つようにすることである。1週間を単位にみると、正常の腎は168時間働いているが、人工腎臓では、大体週3回しか行われないので、1回の透析時間も4~5時間であるから週12~15時間で代用している。本来の腎の働きには到底及ばない。長期間の透析を受けると、色々な合併症つまり内科的には、脳血管障害、心不全とか人間の生死に、運動器では、関節のイタミや運動制限など毎日のQOL、ADLなどが深く関わってくる。

 運動器合併症は、長期間透析の末に蛋白の一種であるアミロイドが骨、関節、靭帯に沈着して障害を生じることである。これを出来るだけ少なくし、また合併症発生を予防することに取り組んでいるのが現況である。

 尿毒症となり、本来の腎機能が働くなった場合に透析導入となるが、透析導入の場合には患者さんの精神的葛藤ははかりしれないものがある。さらに維持透析になると、長時間透析が従来の透析に比して合併症発生の抑制に効果が証明されても、生活時間を長時間にわたって透析にしばられ、仕事に支障をきたし、経済的にも苦しくなる。会社によっては、週3回も休まれてはと難色を示す所もあり、透析施設側も従業員の勤務体制など経済的課題もあり、単に医学上だけでなく、社会的・経済的・心理的な問題の克服が必要となる。患者さんと医療側の十分なコミュニケーションが大切であり、できればケースワーカーの存在が必要となろう。


田畑 四郎

平成19年度 春期 情報処理技術者試験のご案内

平成19年度 春期 情報処理技術者試験(試験日:平成19年4月15日)の案内書・願書が電算室もしくは経済学部・竹内のところにあります。

希望者は案内書・願書を受取に来てください。

平成19年度春季情報処理技術者試験 

最終講義のご案内

この度、東日本国際大学経済学部長石井英朗教授並びに東日本国際大学附属図書館長名越智恵子教授が定年を迎えられることとなりました。両先生の最終講義を執り行いますので、万障繰り合わせのうえ御聴講下さいますようご案内申し上げます。

東日本国際大学経済学部学術研究紀要委員会

名越智恵子教授最終講義

  《駆けめぐった日々――私の研究と教育――》
      日時  1月24日(水曜日) 10時30分~12時  
      場所  4号館401教室


石井英朗教授最終講義

《文学・経済学にからめた私の歩み――自分史の試み――》

      日時  1月24日(水曜日) 12時50分~14時20分
      場所  4号館501教室


添付資料: 最終講義のご案内

教員エッセイ:コンピュータは魔法の箱?

 コンピュータでワープロを使い始めて20年近くになる。そのころ卒業研究をしていたころで、最初は卒業論文を書くためにワープロの使い方を覚えて使い始めるようになった。今では欠かせないものになっている。本当の話か疑問だが、ワープロが使われ始めたころは、頭で考えた文章が自動でコンピュータに入力されると考えていた人もいたと聞いたことがある。多分、コンピュータは何でもできるだろう魔法の箱と考えられていたからだと思う。しかし、文字の入力が難しいことが分かるとそこからが大変であった。コンピュータを使えることが分かれば文字の入力を頼まれてしまう。ついつい引き受けてしまったりすると大変である。いくらコンピュータが使えてもボタン1つで入力が完成するわけでもなく結構大変な作業である。最近では、みんながワープロを使えるようになってきたので文字入力を頼まれることはないのだが、コンピュータがあればそれを管理しなければいけない。いずれにしても大変な作業になる。

 大学では情報処理の授業があって私も担当している。授業ではワープロの使い方、表計算の使い方、プレゼンテーションソフトの使い方などコンピュータソフトの使い方を中心に勉強している。これらはコンピュータ・リテラシーと言われていて、これはこれですごく大切なことである。しかし、よく考えてみると本来の情報処理とは?「何かの情報を目的に応じ処理して新しい情報を作り出すこと」これでいいのか?

 現在では、高校で情報の授業が必修化されている。以前のように、まったくコンピュータを使えない学生はほとんどいなくなり、文字入力はほとんど問題のないレベルになっている。ということはこれからが本当の情報処理の授業ということになる。コンピュータという魔法の箱が、自由自在とまではいかなくても、自分の意志で便利に動く道具として使えるようになれば、思考の助けとして、また、新たな表現方法としての手段を獲得することになる。しかし、教える側としては授業をどのように進めたらいいか?大変な作業は続きそうだ。


唐澤 朋久

講演:"浜通り観光の戦略" -現状と今後の展望-

講師:東日本国際大学経済学部教授 大川信行

うつくしま浜街道観光推進会議 双葉ブロック講演会

日時:平成19年1月27日(土) 開場:14:00
                   講演:14:30~16:00

会場:富岡町文化交流センター 「学びの森」大会議室

ポスターはこちらから

H19.1.29福島民報新聞の記事


問合せ先/うつくしま浜街道観光推進会議双葉ブロック事務局 ℡:0240-22-3333

教員エッセイ:「海峡を渡るバイオリン」を読んで

 最近、ある先生の勧めで「海峡を渡るバイオリン」という本を読んだ。この本は、朝鮮半島で生まれ、その後日本へ渡り、バイオリン製作者となった陳昌鉉という男性の半生を綴ったものである。

 独学でバイオリン製作者として大成するまでの日本での苦悩の日々を綴った部分も感銘を受けたが、朝鮮半島での生活ぶりも印象深かった。陳氏が幼少時代を過ごした当時は日本の占領下にあった時代であり、朝鮮半島で生まれ育った陳氏の目に映った日本という国と日本人についての記述が多くあったが、それをとても興味深く読むことができた。

 私は今まで、戦時中に日本が他国に対してしてきたことについて、日本人から話を聴いたり、日本のメディアを通して知ることはあったが、朝鮮の人がそれについて語っているものを目にするという機会には巡りあったことがなかったため、心に残るものが多くあり、新たな視点で日本と朝鮮の歴史を振り返ることができたような気がした。

 そして、日本と朝鮮のこれからの関係つくりの重要性を再認識した。当時の朝鮮は今では南北に分かれ、異なる国として成り立っている。特に北朝鮮の動向は現在では国際問題になっており、解決の糸口もなかなか見出せない状況にある。

 この本を読んで、日本と朝鮮の歴史のなかには多くの犠牲者が存在していることも再認識した。日本と朝鮮半島・・・これらに住む人々は使う言葉こそ異なるが、顔だちも肌の色も同じである。近くて遠い国にならないように、友好関係をしっかりと結んでいければよいと感じた。

 これはあくまで私が読んでみての感想ですので、興味がある方は是非ご一読をお勧めいたします。


今橋 みづほ