伊尻 正一の最近のブログ記事

教員エッセイ:教師を支える

 2005年度の調査では、小学生の暴力行為が2018件もあり、特に教師への児童の暴力が38.1%増の464件に上っています。対教師暴力に関しては3年連続の30%以上の増加ということでかなり深刻です。このような状況を鑑みれば、1990年代後半からクローズアップされるようになった「学級崩壊」も収まっているとはいえない状況にあります。この調査は各教育委員会を通じて実施されたので、各教委がどの程度学校の実態を正確に把握しているかによって結果がかなり異なってきます。実際にはもっと多くの暴力行為があったのではないかと思われます。

 また、文科省の調査によると2005年度「指導力不足」と認定を受けた教員は506人で2年続けて500人を超えました。「指導力不足」教員の認定は各都道府県教委などが独自に実施しているので一律の基準はありませんが、問題のある教師がいることは事実といえるでしょう。

 このような学校現場の状況に、多くの保護者や市民は教師に対し厳しい目を向けてきており、それが教員免許の更新制や給与の見直しなどに繋がってきているのではないかと思います。それは、多くの人が、現在学校で起きている学級崩壊や校内暴力、不登校、いじめ、学力低下などの問題をすべて教師の責任としている表れではないでしょうか。しかし、本当に教師だけの問題でしょうか。

 最近の小学校は、教師がゆっくり同僚と話ができないほど忙しくなっているそうです。週5日制の完全実施が始まった2002年頃から学校行事や教科の指導内容の精選などが行われましたが、それでも1日あたりの授業時間数は増え、高学年は6時間授業が当たり前になってきました。

 現在、教師の仕事は多岐に亘っています。例えば、①不登校やいじめ、校内暴力、学級崩壊などの問題から必要が叫ばれてきた心の教育、②ここ数年頻発している児童が被害者になる事件を受けての学校の安全対策や児童への安全教育、③国際学力調査(PISA2003)の結果やゆとり教育への批判から起こった学力低下問題への対応、④ADHDやLDなどの発達障害を中心とした特別支援教育への通常学級での対応など、どんどん増えています。さらに、今は児童だけでなく保護者への対応にもかなりの労力を割かなければならなくなってきました。

 理想的には、教師がこれらすべてに対処できることが望まれますが、現実的に可能でしょうか。これらは、すべて学級担任が担わなければならない仕事ではないと思います。私は、学校カウンセラーや学校ソーシャルワーカーなどの専門職、地域の住民、保護者など多くの人たちの力を結集し、連携して子どもたちを育んでいくことが必要だと考えます。

 多忙な中では、一人ひとりの児童と心を通わせた関係を築くことが難しくなります。教師が気持ちの余裕を持ってゆったりと児童と関わることで、細かいところまで気がつく丁寧な指導ができるのではないでしょうか。時間的にも精神的にもゆとりのない教師をみんなで支えていくことが、ひいては児童のためになるはずです。特に小学校は担任教師の影響力が大きく、教師が心身ともに安定しゆとりを持った状態で児童に向き合うことが必要ではないでしょうか。

伊尻 正一

教員エッセイ:子ども同士がぶつかること

 私たちは、生まれてからずっとふたつの大きな欲求に従って行動しています。ひとつは、他の人と繋がりたいという欲求です。これを対象希求欲求とでもしておきましょう。この欲求は、他の動物と異なり、生まれたばかりの赤ん坊が自分だけでは生きていけず、世話をしてくれる他者を必要とすることからも想像できます。乳幼児期は母親を、やがては親しい友や異性を求めます。もうひとつは、自分のやりたいことを実現しようとする欲求です。これは自己実現欲求といえるでしょう。これも、乳児期から認められるもので、おっぱいを飲みたい、オムツを替えてほしい、抱っこして欲しいなどを泣くことで要求します。

 ふたつの欲求は、乳児期にはそれほど支障なくほとんどが満たされますが、徐々に、これらの欲求が互いにぶつかり葛藤を引き起こす場面が現れてきます。例えば、幼児期になると子ども同士一緒に遊ぶことに喜びを感じながらも、それぞれがしたいことが重なりおもちゃの取り合いになって泣いたり泣かせたりすることがあります。一緒に遊びたい、だけど自分のしたいように遊びたい。これは、親子や兄弟の間でもよく起こります。母親だって、いつまでも、赤ちゃんのときのように、すべての欲求を満たしてやることができなくなります。幼児期になれば、ある程度の社会性も身に着けて欲しいと願い、子どもの欲求を突っぱねることが多くなります。それでも、子どもが強く要求してくると、しまいには「いい加減にしなさい」と強く拒否することになります。対象希求欲求と自己実現欲求の強さには個人差がありますから、母親との関係を崩さないために自己実現欲求をあまり出せない子どももいますし、逆に自己実現欲求が強く母親に叱られてばかりの子どももいます。

 幼児期の子どもたちは、母親以外に自分の欲求を表出する経験が少なく、対象希求欲求と自己実現欲求の出し方の塩梅がよく分かりません。当然子ども同士はぶつかることが多くなります。しかし、このぶつかり合いの中で子どもたちは徐々に対象希求欲求と自己実現欲求のちょうど塩梅のよいところを見つけるのだと思います。もし、このようなぶつかり合う経験をさせなかったらどうでしょうか。どこまで自分の欲求を出してよいのかよく分からず、自己実現欲求を出しすぎて周囲から嫌がられたり幼児期を過ぎても友だちとのトラブルが絶えなかったり、逆に自己実現欲求を出すことに臆病になって友だちと遊ぶことがつまらなく感じたり自分を出せず他人に追従するばかりになったり、ということになると思います。

 幼児期の子ども同士のぶつかり合いは、このようなふたつの欲求から当然起こるものであり、またそのぶつかり合いの中でちょうどよい人との関わり方を学ぶ大切な経験だと思います。大人がすぐに口を挿むのではなく、子どもだけで十分な関わり合いがもてるような環境を確保したいものです。

伊尻 正一